ハリーウィンストン 続き

前回ハリー・ウィンストンさんの顔が載っているビジュアルが無いという話をしました。
他のブランドの創立者は顔写真はもちろん、その生涯が映画になっている方もいらっしゃいます。
なのに何故、ハリー・ウィンストンさんは顔写真すらどこにも載せていないのか…
これを説くにはハリーウィンストンの今日に至るまでの生い立ちを語らないといけません。

ニューヨークの宝石商の息子として誕生した伝説のジュエラー、ハリー・ウィンストン(1896~1978)。
アメリカ・ワシントンDCにあるスミソニアン博物館には、
フランス国王・ルイ14世、マリー・アントワネット妃も所有したといわれるブルーダイヤモンド「ホープ」ほか、
ハリーさんが寄贈したジュエリーの数々がならべられており、生で見ることができます。

ハリーさんの宝石に対する思いは、世界の有名なダイヤモンドの約3分の1は、
一度はハリーさんの手の中にあったというエピソードがあるくらい、
ハリーさんがどれほど宝石を愛し、いかに情熱を傾けていたのかが伺えます。

ハリーさんは幼い頃から宝石の真価を見分ける能力が人一倍優れていたそうです。
その逸話としてハリーさんが12歳の時、
とある店で25セントの緑の石を購入し、宝石商を営む父親のもとに持ち帰りました。
わずか25セントで売られていた石が、2カラットのエメラルドだと見抜いてのことだったという話です。
そしてそれは2日後には800ドルで売られたそうです。

仕事として働きだしたのは15歳の時、父親の宝石店で仕事を始めました。
そして1920年、24歳の時にニューヨークで自身の会社であるプレミア・ダイヤモンド社を設立。
第一次世界大戦が終わり、様々な理由で高価な宝石がお金に替えられていた時代、
ハリーさんは市場に出回っていた華やかで装飾過剰なジュエリーをモダンにリメイクし、
当時の新興富裕層のステイタスシンボルとなるシンプルなデザインのジュエリーを制作。
新世代の圧倒的な支持を得ました。

続く……